ブレイク・トレイネンの凄さとは?成績・経歴や魔球シンカー、大ケガからの「奇跡の復活」を徹底解説【ドジャース選手名鑑 #6】

野球
【ドジャース選手名鑑 #6】不屈の高速シンカー――ブレイク・トレイネン、大ケガを乗り越えた奇跡の復活劇
ドジャース選手名鑑 #6
Relief Pitcher / #39

ブレイク・トレイネンの凄さとは?
成績・経歴や魔球シンカー、
大ケガからの「奇跡の復活」を徹底解説

大学の野球部から入部を断られ、一時は完全に野球を諦めかけた苦労人。
投手生命を揺るがす右肩の重傷を乗り越え、最強ドジャースの頼れるブルペンリーダーへ。

ここを見逃すな
大谷翔平の悲願、そしてドジャースの世界一を手繰り寄せた歓喜のマウンド。大ケガを乗り越え、驚異の「魔球」で打者を圧倒し続けるリリーフエースの軌跡。

01基本プロフィール

フルネーム Blake Treinen 投打 右投右打
身長 / 体重 196cm / 99kg 生年月日 1988年6月30日
出身 カンザス州ウィチタ ポジション 投手(救援右腕)
背番号 39 MLBデビュー 2014年4月12日(ナショナルズ)
所属歴 WSH(2014〜17)→ OAK(2017〜19)→ LAD(2020〜現在) WS優勝 2020年・2024年(いずれもLAD)
出身大学 サウスダコタ州立大学 ドラフト 2011年・アスレチックス7巡目(全体226位)
高速シンカー リリーフエース 不屈の精神 2024世界一胴上げ投手 インポッシブル・ピッチ 信仰心

02キャリア概要 ― 挫折だらけの学生時代から球界屈指のクローザーへ

ブレイク・トレイネンは1988年6月30日、カンザス州ウィチタに生まれた。その輝かしいメジャーでの実績とは裏腹に、彼の若き日のキャリアは挫折と落選の連続であった。高校時代は目立った実績を残せず、大学進学時も複数の大学の野球部から実力不足として入部を断られる苦難を味わう。しかし、諦めずにサウスダコタ州立大学で才能を開花させると、2011年のMLBドラフト7巡目(全体226位)でオークランド・アスレチックスから指名を受けプロ入りを果たす。その後ワシントン・ナショナルズへトレード移籍し、2014年に25歳でメジャーデビューを飾った。

トレイネンが真のスーパースター救援陣へと覚醒したのは、2017年途中に古巣アスレチックスへ復帰してからだった。特に2018年はクローザーとして異次元の領域へ到達。68試合に登板して9勝2敗38セーブ、驚異の防御率0.78という圧倒的なスタッツを叩き出し、オールスターゲームに選出されただけでなく、サイ・ヤング賞投票でもリリーフながら6位に食い込んだ。

2019年オフにロサンゼルス・ドジャースへ移籍。2020年の短縮シーズンではブルペンの核として球団32年ぶりのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。しかし、2022年シーズンに右肩の腱板および関節唇を断裂するという、投手生命を揺るがす大ケガに見舞われる。2023年シーズンをほぼ棒に振る過酷なリハビリ期間を過ごしたが、2024年に奇跡的な復活を遂げ、ワールドシリーズ第5戦の最終回を締めくくる「世界一の胴上げ投手」としてドジャースの歴史にその名を刻んだ。契約を延長した2025年シーズンも変わらぬタフネスぶりを発揮し、ブルペンリーダーとしてチームを支え続けている。

03年度別成績

年度 所属 登板 勝利 セーブ ホールド 奪三振 防御率 WHIP
2016WSH736122652.281.22
2017WSH/OAK723164743.931.40
2018OAK6893801000.780.83
2020LAD27319223.861.21
2021LAD726732851.990.98
2022LAD510161.800.40
2024LAD507116561.930.94
2025LAD515218542.621.12

※2019年、2023年(全休)はケガの影響により除外。黄色ハイライトは歴史的防御率を記録した2018年、および大ケガからのカムバックを果たし世界一に輝いた2024年シーズン。2025年成績は確定値(Baseball-Reference準拠)。

04プレースタイルと強み

トレイネンの代名詞であり、メジャーの打者たちから「最も打ちたくない球」として恐れられるのが、最速100マイル(約161km/h)に迫る**「高速シンカー(ツーシーム)」**だ。一般的なシンカーの概念を覆す球速でありながら、打者の手元で鋭烈に、そして不規則に変化しながら沈む。打者は芯で捉えることが極めて困難で、ボテボテの内野ゴロの山を築くか、空振りを取るかの二者択一を迫られる。

これに加え、近年のトレイネンは同じく90マイル台後半で凄まじい曲がり幅を見せる「スライダー(スイーパー)」やカッターを織り交ぜるプレースタイルを確立。左右両打者に対して逃げていく球と食い込む球を自在に操るため、対戦するバッターからは「軌道の予測が全くつかない」と称される。

さらに、リリーフ投手として最も重要な「強靭なメンタル」も彼の大きな武器だ。走者を背負った絶体絶命のピンチの場面でマウンドに上がっても、一切表情を変えずに淡々と自らのボールを投げ込む姿は、ドジャースブルペン陣にとってこれ以上ない安心感を与えている。

05あまり知られていないエピソード

📌 糖尿病との戦い、速度の出ない高校時代と「野球を拒絶された」大学時代

高校時代、トレイネンは運動誘発性の高血糖症(のちに1型糖尿病と診断)を患っており、体調管理に苦しみ十分なパフォーマンスを発揮できなかった。高校卒業後に進学したカレッジの野球部トライアウトでは「実力が足りない」と不合格にされ、一時は完全に野球を諦めかけた。その後、一般学生として編入した別の大学で体調が劇的に改善し、球速が急上昇。一度は野球の神様から見放されかけた男が、のちにメジャーのトップクローザーになるという奇跡の物語の始まりであった。

🏆 2024年ワールドシリーズ第5戦――限界を超えた「42球」の舞台裏

2024年のワールドシリーズ第5戦、ドジャースは最大5点差を大逆転するも、ブルペンは満身創痍だった。トレイネンは8回裏、無死一・二塁の絶体絶命のピンチでマウンドへ。全盛期を彷彿とさせる熱投でヤンキースの主砲ジャッジやスタントンらをねじ伏せ、この回を無失点で切り抜けた。

すでにリリーフとしての限界に近い球数を投げていたが、9回裏も志願して続投。最終的に回を跨いで自己最長クラスの「42球」を投げ抜き、勝利へのバトンを最終回のビューラーへと繋いだ。この気迫のロングリリーフがなければドジャースの世界一はなかったと、ファンの間で今も語り継がれている。

06大谷翔平との関係とブルペンでの役割

2024年に大谷翔平が加入した際、トレイネンはその圧倒的なプロフェッショナル精神に深い敬意を示した。自身が右肩の大ケガからの復活を目指すリハビリ経験を持っていたため、大谷が右肘のトミー・ジョン手術から打者としてリハビリを続けながら、同時に歴史的な成績を残していく姿に誰よりも感銘を受けていたという。

世界一を決めた2024年のポストシーズン中、トレイネンは大谷について「彼は計り知れないプレッシャーの中で生きているが、常にチームファーストで、笑顔を絶やさない。彼と同じチームで戦えることは誇りだ」と現地メディアに語っている。大谷がマウンドで苦しむリリーフ陣をベンチ最前列で鼓舞する際、トレイネンがそれに応えるように力強いガッツポーズを見せるシーンは、投打のベテラン同士の深い信頼関係を象徴していた。

ブルペン内でのトレイネンは、若い投手たちにアドバイスを送る「精神的支柱」でもある。自らが挫折と大ケガを経験してきたからこそ、調子を落とした後輩投手の気持ちに寄り添い、ドジャースが誇る「最強の救援陣」の絆を裏から支えているのだ。

07まとめ

ブレイク・トレイネン まとめ

  • 大学の野球部から入部を拒否されるなど、病気と挫折に苦しんだ学生時代を乗り越えた苦労人
  • 2018年にアスレチックスで「68試合・防御率0.78」という歴史的数値を叩き出した球界屈指の鉄腕
  • 打者の手元で160km/h近くで沈む「高速シンカー」は、メジャーでもトップクラスの魔球
  • 2022年の右肩大ケガによる長期離脱から不屈の精神で復活し、球団を世界一へ牽引
  • 2024年WS第5戦での「42球の熱投」は、ドジャースの歴史に残る伝説のリリーフ
  • 大谷翔平のストイックさにリスペクトを送り、ブルペンを精神面から統率する頼れるリーダー
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