
1球でワールドシリーズのセーブを記録したピッチャーが、いかにして「誰も注目しなかった場所」から這い上がったのか。成績だけでは語れないベシアの物語に迫る。
01基本プロフィール
| フルネーム Alexander Victor Vesia | 投打 左投左打 |
| 身長 / 体重 185cm / 95kg | 生年月日 1996年4月11日(30歳) |
| 出身 カリフォルニア州アルパイン(サンディエゴ郡) | ポジション リリーフ投手(左腕) |
| 背番号 51 | MLBデビュー 2020年7月25日(マーリンズ) |
| 所属歴 MIA(2020)→ LAD(2021〜現在) | WS優勝 2024年(1回) |
| 出身大学 カリフォルニア州立大学イーストベイ校(ディビジョンII) | ドラフト 2018年・マーリンズ17巡目(全体507位) |
| 契約 2年総額580万ドル(2025〜2026年)/2027年FA予定 | |
02キャリア概要 ― ディビジョンIIから這い上がった男
アレックス・ベシアは1996年4月11日、カリフォルニア州サンディエゴ郡のアルパインに生まれた。地元のスプリングバレーにあるスティール・キャニオン高校でプレーし、2014年のシニアシーズンにはオールイースト・カウンティに選ばれた。しかしその実力は大舞台に届かなかった——2014年のMLBドラフトでは指名すらされず、大学からの奨学金オファーもたった1校だけ。その唯一のオファーを持つ大学、北カリフォルニアのカリフォルニア州立大学イーストベイ校(通称Cal State East Bay、ディビジョンII)に進学する。
ディビジョンIIは大学野球の「二軍」に近い扱いを受けることも多い。しかしベシアはそこで別格の存在だった。1年次にはCCAA(カリフォルニア・カレッジアスレティックアソシエーション)の新人王を獲得。4年間で通算24勝・249奪三振という校史上の記録を残し、母校史上で最も高いドラフト順位で指名された投手となった。2018年シニアシーズンには14試合(先発7)で8勝2敗・ERA1.94、オールCCAA第1チームに選出。そのキャリアの締めくくりに、マイアミ・マーリンズが17巡目(全体507位)で指名した。契約ボーナスはわずか2万5000ドルだった。
マイナーリーグでは別人のように輝いた。デビューシーズンのルーキーリーグ・GCLマーリンズとショートシーズンAのバタビア・マックドッグスを合わせて14登板・ERA1.35・38奪三振。翌2019年はシングルA、ハイA、ダブルAの3レベルをまたがって66.2イニング・ERA1.76・100奪三振という怪物的な数字を叩き出した。2020年のオープニングデーロスターにまでたどり着いたが、新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われたシーズンで大きな苦難が待っていた。
同年7月25日のMLBデビュー戦(フィラデルフィア・フィリーズ戦)ではフィル・ゴスリンに2ランホームランを浴び、大きなつまずきに。さらに2日後、チームバスの中でコロナウイルスに集団感染したマーリンズの中のひとりとなり、次の登板まで1か月以上空いてしまった。結局2020年は5試合・ERA18.69という惨憺たる数字に終わった。
マーリンズは2021年2月、ベシアとマイナーリーガーのカイル・ハートをドジャースに放出し、右腕のダイランン・フローロを獲得するトレードを成立させた。ドジャースへの移籍を「サプライズの電話で知った」と後に語るベシア。その連絡がドジャースの電話でなければ、彼が今の姿になれたかどうかは分からない。
03年度別成績
| 年度 | 球団 | 登板 | 勝 | 負 | S | H | ERA | IP | K | WHIP |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2020 | MIA | 5 | 0 | 1 | 0 | 0 | 18.69 | 4.1 | 5 | 3.23 |
| 2021 | LAD | 41 | 3 | 1 | 1 | 8 | 2.25 | 40.0 | 54 | 0.93 |
| 2022 | LAD | 53 | 5 | 0 | 0 | 16 | 2.82 | 54.1 | 79 | 1.03 |
| 2023 | LAD | 37 | 2 | 5 | 1 | 7 | 4.35 | 49.2 | 64 | 1.27 |
| 2024 | LAD | 67 | 5 | 4 | 5 | 17 | 1.76 | 66.1 | 87 | 0.99 |
| 2025 | LAD | 68 | 5 | 3 | 2 | 26 | 2.56 | 63.0 | 82 | 1.08 |
※黄色ハイライトはキャリアハイ水準のシーズン。2025年は確定値(MLB.com・Baseball-Reference準拠)。ホールド数は2025年が公式記録ベース。
04プレースタイルと強み
ベシアの武器はシンプルかつ凶悪だ。主に2つの球種——高速フォーシームとシャープなスライダー——だけでMLBトップレベルの打者を翻弄する。フォーシームは平均93〜94mph(約150km/h)台で縦方向の動きが鋭く、スライダーとの軌道の差が打者の目を混乱させる。2024年シーズンには相手打者の打率を.148に抑え、被OPS.291という驚異的な数字をマークした。
左打者キラーとしての側面も強く、対左打者を高いレベルで抑える本格的なサイドレフティとして機能している。ただし2024〜2025年の成績を見ると、右打者に対しても被打率を低く抑えており、純粋なワンポイントの枠を超えた「ハイレバレッジ全般に使えるリリーフ」として進化している。
2022年にはチームトップの53登板・16ホールドを記録し、ドジャース投手陣で最多奪三振(79)を記録。2025年シーズンはドジャース2位タイの68登板で26ホールドという数字が示すように、7回・8回の重要な場面で起用され続けている。長いシーズンを通じて登板過多になっても壊れないタフさも評価される所以だ。
マウンドでの表情は極めて冷静で、大舞台でも動じない精神的な強さを持つ。2024年のポストシーズンでは7試合5.2イニングで無失点、被打率.105という完璧な成績を残した。
05あまり知られていないエピソード
📌 高校時代の球速は83mph——「遅い左腕」がディビジョンIIに進んだ理由
スティール・キャニオン高校の在学中、2013年のスカウトイベントで計測されたベシアの球速は83mph(約134km/h)だった。カリフォルニア州の同年代ピッチャーランキングでも191位。これが大学からのオファーが1校しかなかった、最大の理由だ。「どこかの大学に行って、証明するしかなかった」——その選択がCal State East Bayへの進学に結びついた。
📌 Cal State East Bay校史上最多勝(24勝)・最多奪三振(249K)の記録保持者
ディビジョンIIとはいえ、ベシアが母校に残した足跡は本物だ。通算24勝・249奪三振という校史上最多記録はいまも破られていない。さらに母校史上で最も高いドラフト順位で指名された投手でもある。現在も母校は「A Major League Pioneer(メジャーリーガーを生んだパイオニア)」という特集記事でベシアを誇りとして紹介し続けている。
🏆 WS史上初・1球でのセーブ ―― 2024年WS第2戦の伝説
2024年ワールドシリーズ第2戦(ドジャース対ヤンキース)、9回表。ドジャースは4-2でリードしていたが、クローザーのブレイク・トレイネンが満塁のピンチを作ってしまった。ここで登板したベシアに求められたのはただ1つのアウトだった。
ベシアが投じたのは93.4mphのフォーシーム1球。ヤンキースの代打ホセ・トレビーノが打ち上げた飛球はセンターのトミー・エドマンのグラブに収まり、試合終了。この1球でベシアはセーブを記録した。
この「1球セーブ」はワールドシリーズ史上初(少なくとも1988年以降では初)の記録として公式に認定されている。33球を費やしてトレイネンが作った満塁のピンチを、ベシアはたった1球で片付けた。「It’s one pitch at a time, one out at a time, Dodgers all the way(1球ずつ、1アウトずつ、ドジャース最高)」——試合後にそう語ったベシアの言葉は、まさにその通りの結末だった。
📌 MLBデビューの瞬間、両親は球場にいられなかった
2020年7月25日のMLBデビュー戦。本来なら家族で最大の喜びを分かち合えるはずの瞬間だったが、コロナウイルスの感染対策で球場への入場が認められず、両親のボブとシンディはスタジアムに入ることができなかった。さらにその2日後、マーリンズの選手・スタッフ複数名がバスの中でコロナウイルスに集団感染し、ベシア自身も感染。次の登板まで1か月以上を要した。デビューシーズンのERA18.69という数字は、実力ではなく疫禍の爪痕だった。
📌 レクリエーション・マネジメント専攻、そしてSDSU(サンディエゴ州立大)でのインターン
Cal State East Bayでの専攻は「レクリエーション・マネジメント」という、一見野球とは縁遠い分野だった。さらに2019年のアリゾナ・フォールリーグ出場後には、サンディエゴ州立大学のフットボール・リクルーティングオフィスでインターンを経験している。「野球以外の世界も持っておきたかった」という考えが背景にあったと伝えられている。
📌 「春季キャンプ開始直前」に届いたドジャース行きの電話
2021年2月12日、ベシアがマーリンズからドジャースにトレードされたのは春季キャンプがまさに始まろうとするタイミングだった。ベシア本人は「I was speechless(言葉が出なかった)」と振り返っている。当時のドジャースは前年の世界王者であり、世界最高峰のブルペン陣のひとつを持つチームだ。ベシアが放出されたマーリンズ側は後に「あのトレードは間違いだったかもしれない」と見直す記事が地元メディアに掲載されるほど、ベシアはドジャースで急成長を遂げた。
📌 妻・ケイラと結婚したのは2024年1月——WS優勝と同年
ベシアは2024年1月に妻のケイラと結婚。その年の秋にワールドシリーズ優勝を経験している。個人史上最高のシーズン(ERA1.76・67登板・87奪三振)を送り、WS史上初の1球セーブを記録した2024年は、公私ともに人生最大の年となった。
062025年WS不参加の真実 ― 娘・スターリング・ソルへ
🕊 2025年ワールドシリーズ、ベシアはなぜ戦えなかったのか
2025年のポストシーズン、ベシアはNLCS第4戦(対ブルワーズ)まで登板し、チームの世界一に向けた戦いに貢献していた。しかし10月23日、ドジャースは「深く個人的な家庭の事情」を理由にベシアがワールドシリーズのロスターから外れることを発表した。
ワールドシリーズ(対トロント・ブルージェイズ)の期間中、ドジャースとブルージェイズ両チームのリリーフ投手たちはベシアの背番号「51」を帽子に縫い付け、フィールドに立ち続けた。
11月上旬、ベシアと妻ケイラはインスタグラムで真実を公表した。10月26日、ふたりの間に生まれた娘・スターリング・ソルが天国へと旅立ったこと。生後まもなくの別れだった。「スターリング・ソル・ベシア🪽 私たちの小さな天使、あなたをずっと愛しています。私たちの美しい娘は10月26日日曜日に天国へ旅立ちました。私たちが経験しているこの痛みを言葉にすることはできませんが、彼女は私たちの心の中にいて、共に過ごしたすべての瞬間を大切にしています」と記した。
ベシアはまた、チームとファンへの感謝も伝えた。「ドジャースの理解とサポートに感謝します。私たちの野球ファミリーが駆けつけてくれた。彼らなしでは乗り越えられませんでした」「ドジャーファン、ブルージェイズ組織、そしてすべての野球ファンへの愛とサポートに感謝します。すべてのメッセージを見ています。本当に支えになりました」——そして、入院中にケイラとスターリングを献身的にケアしてくれたシダーズ・サイナイ医療センターのスタッフ全員へも感謝の言葉を贈った。
2026年春季キャンプのマリナーズ戦(プレシーズン)でベシアは復帰登板を果たし、3者凡退で抑えた。その翌日、チームが「ヘルスケア感謝の夜」として企画したドジャースタジアムでのホームゲームで、ベシアは9回のマウンドに立ち、3者連続三振でセーブを記録した。試合後のインタビューで、涙をこらえながらも投げ切った理由をこう語った——「(スターリングのために)医療従事者の人たちへ感謝を伝えたかった。泣き崩れそうだったけど、何とか抑えた」。
07まとめ
アレックス・ベシア まとめ
- 高校時代の球速83mph、ドラフト指名なし、大学からのオファー1校のみ——ディビジョンIIから這い上がったMLBリリーバー
- Cal State East Bay校史上最多勝(24)・最多奪三振(249)の記録保持者にして、母校史上最高順位のドラフト指名選手
- ドラフト17巡目(全体507位)・契約金2万5000ドルというほぼ最低ランクからMLBの第一線へ
- MLBデビュー(2020年)はコロナ禍で両親が観戦できず、直後に自らも感染。ERA18.69という数字は疫禍が生んだ数字
- 2024年WS第2戦で「1球セーブ」を記録——ワールドシリーズ史上初の快挙(1988年以降では初確認)
- 2024年シーズンはキャリアベスト:67登板・ERA1.76・87奪三振・被打率.148
- 2025年WSは娘・スターリング・ソルの死という最大の悲劇のため不参加。ドジャース・ブルージェイズ両チームが背番号51を帽子に縫い付けてフィールドに立った
- 2026年「ヘルスケア感謝の夜」に復帰登板で3者連続三振——涙をこらえながら投げ切った





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