【ドジャース選手名鑑 #5】フレディ・フリーマン:球界随一の「天才アベレージヒッター」にして最高の人格者

野球
LOS ANGELES, CA – APRIL 02: Los Angeles Dodgers first baseman Freddie Freeman (5) at bat during the MLB game between the San Francisco Giants and the Los Angeles Dodgers on April 2, 2024 at Dodger Stadium in Los Angeles, CA. (Photo by Brian Rothmuller/Icon Sportswire via Getty Images)
【ドジャース選手名鑑 #5】球界随一の天才打者にして最高の人格者――フレディ・フリーマンという男の物語

【ドジャース選手名鑑 #5】球界随一の天才打者にして最高の人格者――フレディ・フリーマンという男の物語

ここを見逃すな
大谷・ベッツと共に最強の3者MVPトリオを形成。異次元の打撃職人であり、誰もが愛さずにはいられないフリーマンの真の魅力に迫る。

01 基本プロフィール

フルネーム Frederick Charles Freeman 投打 右投左打
身長 / 体重 193cm / 100kg 生年月日 1989年9月12日
出身 カリフォルニア州ファウンテンバレー ポジション 一塁手
MLBデビュー 2010年9月1日(ブレーブス) 所属歴 ATL(2010〜21)→ LAD(2022〜現在)
WS優勝 2021年(ATL)・2024年(LAD) オールスター 8回(2013〜14、18〜21、23〜24)
安打製造機 元シーズンMVP ライナー職人 球界一のナイスガイ WBCカナダ代表 プレッシャーに無敵

02 キャリア概要 ― ブレーブスの顔からドジャースへ

フレディ・フリーマンは1989年9月12日、カリフォルニア州ファウンテンバレーに生まれた。エル・モデナ高校で頭角を現すと、2007年のMLBドラフト2巡目(全体78位)でアトランタ・ブレーブスから指名を受け、40万9500ドルの契約金でプロ入りを果たす。マイナーリーグを順調に駆け上がり、2010年9月に20歳の若さでメジャーデビュー。翌2011年には一塁の定位置を掴み、打率.282、21本塁打、76打点をマークしてナ・リーグ新人王投票で2位に入る鮮烈なフルシーズンを送った。

以降、名門ブレーブスの不動の主軸、そして「チームの顔」として長年君臨。新型コロナウイルスの影響で60試合の短縮シーズンとなった2020年には、60試合全試合に出場して打率.341、13本塁打、53打点、OPS 1.102という圧倒的な成績を残し、ナ・リーグMVPを満票に近い形で受賞した。続く2021年にはチームを26年ぶりのワールドシリーズ制覇へと導き、アトランタの街にこれ以上ない栄誉をもたらした。

しかし2021年オフ、契約延長交渉の末にブレーブスとの袂を分かつ決断を下す。2022年3月、地元のカリフォルニアに本拠地を置くロサンゼルス・ドジャースと6年総額1億6200万ドルの大型契約を結び電撃移籍。慣れ親しんだ地を離れる寂しさに涙する一幕もあったが、ドジャース加入後もその勝負強さと一貫性は全く衰えず、チームの絶対的な大黒柱として活躍を続けている。

03 年度別成績

年度 所属 試合 HR 打点 打率 出塁率 長打率 OPS
2018ATL1622398.309.388.505.892
2019ATL15838121.295.389.549.938
2020ATL601353.341.462.6401.102
2021ATL1593183.300.393.503.896
2022LAD15921100.325.407.511.918
2023LAD16129102.331.410.567.976
2024LAD1472289.282.378.476.854
2025LAD1452185.278.375.468.843

※黄色ハイライトはMVP受賞(2020)、または球団記録の59二塁打を記録したキャリアハイ水準のシーズン。2025年成績は確定値(Baseball-Reference準拠)。

04 プレースタイルと強み

フリーマンの最大の強みは、どんなコース、どんな球種にも対応して広角にライナーを弾き返す「驚異的なバットコントロール」だ。大ぶりをせず、レフトからライトまで美しく打球を打ち分ける姿から、メジャー屈指の「ライナー製造機」と称される。特にドジャース移籍2年目の2023年には、球団記録を大幅に更新するシーズン59二塁打をマーク。さらに一塁手としてはメジャー史上初となる「20本塁打・20盗塁・200安打」を同時に達成するなど、走攻守すべてにおいて隙がない。

また、マンシー同様に四球をしっかり選べる高い出塁能力(通算出塁率.380以上)を誇りながら、三振が極めて少ないことも特徴だ。プレッシャーがかかる得点圏での強さは球界トップクラスで、投手にとっては「最も嫌な打者」の一人と言える。

部署や怪我を恐れず試合に出続ける「タフさ」だ。ブレーブス時代にはシーズン162試合全試合出場を3度も達成しており、ドジャース移籍後も毎年140〜160試合近くに出場。一塁守備のレベルも非常に高く、2018年にはゴールドグラブ賞も獲得している。一塁ベース上では敵味方問わず笑顔で会話を交わすため、ニックネームは親しみを込めて「フレディ(Freddie)」と呼ばれ、球界屈指の人格者として絶大なリスペクトを集めている。

05 あまり知られていないエピソード

📌 高校時代、実はサード兼「エースピッチャー」だった

現在でこそ世界最高峰の一塁手として君臨するフリーマンだが、エル・モデナ高校の最終学年時はサードを守る傍ら、「エースピッチャー」としてもチームを牽引していた。この年、マウンドに登っては6勝1敗、打者としては打率.417、5本塁打を記録。投打にわたる突出した野球センスが、ブレーブスのスカウトの目を釘付けにする決定打となった。

📌 カナダ代表としてWBCに出場し続ける「涙の理由」

アメリカのカリフォルニア州で生まれ育ったフリーマンだが、実はアメリカとカナダの二重国籍を保有している。彼の両親は共にカナダのオンタリオ州出身だ。フリーマンがわずか10歳の時、母親のローズマリーさんを皮膚がん(メラノーマ)で亡くした。彼は「天国の母に自分のプレーを届けるため、そして母の祖国に最大の敬意を表すため」という誓いを胸に、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)ではスーパースターでありながら、一貫してアメリカ代表ではなく「カナダ代表」のユニフォームを着て戦い続けている。

📌 6歳にして「危険すぎるスイング」として少年野球を出禁寸前に?

フリーマンがわずか6歳で野球の原型である「ティーボール」を始めたとき、彼のスイングはすでに同世代の子供たちのレベルを遥かに超越していた。放たれる打球があまりにも鋭く強烈だったため、周囲の大人たちから「この子を同じ年齢の枠でプレーさせるのは周囲に怪我人が出て危険すぎる」と判断されてしまう。結果、彼は常に自分の年齢の2倍以上も年上の12〜13歳クラスの少年たちに混ざって英才教育を受けることになった。まさに規格外の天才エピソードだ。

📌 2024年WSでの大爆発を支えた、三男マックスくんの難病克服劇

2024年のシーズン終盤、フリーマン家を大きな悲劇が襲った。当時3歳だった三男のマックスくんが、突如として全身麻痺を引き起こす国指定の難病「ギラン・バレー症候群」を発症し、集中治療室(ICU)に緊急搬送されたのだ。フリーマンはチームを一時離脱して看病に専念。絶望の淵に立たされたが、奇跡的にマックスくんは危機を脱し、麻痺を克服して歩けるまでに回復した。家族の絆を再確認し、戦列に戻ったフリーマンは、同年のワールドシリーズで歴史的な4試合連続ホームラン(第1戦では劇的な逆転サヨナラ満塁弾)を放ち、ドジャースを世界一へと導いてWSのMVPに輝いた。「息子が頑張ったから、自分も諦めずにバットを振れた」と涙ながらに語った姿は、全米の感動を呼んだ。

06 大谷翔平との関係と打線での役割

2024年に大谷翔平がドジャースに加入したことで、フリーマンの役割は「最強のポイントゲッター」としてさらに強固なものとなった。1番・ベッツ、2番・大谷が作ったチャンスを、3番に座るフリーマンが確実に還すという超強力な上位打線は、メジャーの全投手にとって悪夢そのものだ。大谷の後ろを打つフリーマンが圧倒的なアベレージと勝負強さを誇るため、相手チームは大谷を簡単に歩かせることができず、結果として打線全体の爆発力を最大化させている。

フィールド外でも、大谷がドジャースに早く馴染めるよう、真っ先に笑顔で歓迎したのがフリーマンだった。フリーマンの愛息であるチャーリーくんが大谷の大ファンであることも有名で、オールスターゲームなどで大谷とチャーリーくんが微笑ましく交流する姿はファンの間でもお馴染みの光景となっている。コミカルな一面を持つマンシーとはまた一味違う、「包容力のある頼れる兄貴分」として、大谷を含むチーム全体を精神的にも支えている。

07 まとめ

フレディ・フリーマン まとめ

  • 高校時代はサードだけでなくエースピッチャーとしても活躍した規格外の野球センス
  • 名門ブレーブスの顔として2020年MVP獲得、2021年WS制覇。2022年からドジャースの顔へ
  • 広角に鋭い打球を放つメジャー随一の「ライナー製造機」。2023年にはシーズン59二塁打の球団記録
  • 10歳で亡くした最愛の母への想いから、WBCには一貫して「カナダ代表」として出場
  • 6歳時点でスイングが凄すぎて「危険」とされ、年の離れた年上クラスでプレーしていた逸話を持つ
  • 2024年、三男マックスくんのギラン・バレー症候群発症を家族で乗り越え、WSでMVPを獲得した感動のドラマ
  • ベッツ・大谷と共に最強の「MVPs」を形成。大谷の良き理解者であり、チームを導く最高の人格者
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