
【ドジャース選手名鑑 #3】戦力外からWS制覇3回へ――マックス・マンシーという男の物語
一度は「クビ」を言い渡された男が、なぜドジャース史に名を刻む存在になれたのか。数字だけでは語れないマンシーの真の凄さに迫る。
01 基本プロフィール
| フルネーム Maxwell Steven Muncy | 投打 右投左打 |
| 身長 / 体重 185cm / 99kg | 生年月日 1990年8月25日 |
| 出身 テキサス州ミッドランド | ポジション 三塁手 / 一塁手 |
| MLBデビュー 2015年4月25日(アスレティクス) | 所属歴 OAK(2015〜16)→ LAD(2018〜現在) |
| WS優勝 2020・2024・2025年(3回) | オールスター 2019・2021年(2回) |
02 キャリア概要 ― 戦力外からドジャースへ
マックス・マンシーは1990年8月25日、テキサス州ミッドランドに生まれた。テキサス州ケラー高校では実はクリーブランド・インディアンス(現ガーディアンズ)から2009年ドラフト41巡目という超低評価の指名を受けたが、これを蹴ってベイラー大学へ進学という判断をしている。大学では3年間で打率.311、27本塁打を記録し、オールBig12カンファレンスに2度選出。その実力を示して2012年ドラフトでオークランド・アスレティックスに5巡目指名、24万ドルの契約ボーナムで入団した。
マイナーリーグでは2013年にハイAのストックトン・ポーツでカリフォルニアリーグ最多の21本塁打・76打点をマークするなど長打力を発揮。しかし、2015年のMLBデビュー後はアスレティクスで215打席・打率.195/.290/.321と低迷し、2017年1月にDFA(指名後解雇)を通告されてしまう。ウェーバーにかけても誰にも拾われず、最終的には2017年春季キャンプ後に解雇。
「またメジャーに戻れるのか。キャリアマイナーリーガーで終わるのか」――そう自問しながらマンシーが選んだのはドジャースとのマイナー契約だった。2017年をトリプルAのオクラホマシティ・ドジャースで過ごし、打率.309・12本塁打と復活の手応えをつかむ。そして翌2018年、ローガン・フォーサイスの故障による緊急昇格という「偶然のチャンス」を完全にものにし、35本塁打・OPS.973という衝撃のブレイクアウトシーズンを送った。以来、ドジャースのコアメンバーとして定着している。
03 年度別成績
| 年度 | 試合 | HR | 打点 | 打率 | 出塁率 | 長打率 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2018 | 137 | 35 | 79 | .263 | .391 | .582 | .973 |
| 2019 | 141 | 35 | 98 | .251 | .374 | .515 | .889 |
| 2020 | 58 | 12 | 27 | .192 | .331 | .389 | .720 |
| 2021 | 144 | 36 | 94 | .249 | .368 | .527 | .895 |
| 2022 | 136 | 21 | 69 | .196 | .329 | .384 | .713 |
| 2023 | 135 | 36 | 105 | .212 | .333 | .475 | .808 |
| 2024 | 73 | 15 | 48 | .232 | .358 | .494 | .852 |
| 2025 | 100 | 19 | 67 | .243 | .376 | .470 | .846 |
※黄色ハイライトはキャリアハイ水準のシーズン。2025年成績は確定値(Baseball-Reference準拠)。
04 プレースタイルと強み
マンシーの最大の武器は「選球眼」と「長打力」の高次元な両立だ。毎年14〜17%台の四球率を誇り、甘いボールが来るまで徹底的に待てる忍耐力がある。打率こそ.200台前半に沈みがちで批判を受けることも多いが、それは「打てないから四球を選んでいる」のではなく「打てるボールだけを振る」という明確な意図の表れだ。四球で出塁しながら本塁打を量産するスタイルはOBP・OPS重視のドジャース哲学と完璧にかみ合っている。
スイング面では高いフライボール比率と打球角度へのこだわりが特徴で、広いドジャースタジアムでも本数を着実に積み上げる。2018〜2025年のドジャース在籍期間で通算220本以上の本塁打はチームでも上位クラスだ。また右投手への対応が特に強く、左打者としての有利な面を最大限に活かしている。
守備では一塁・三塁に加えて二塁もこなすユーティリティ性も持ち味。フレディ・フリーマンが一塁に定着してからは主に三塁手として起用されている。ニックネームは「Munce(マンス)」「Funky Muncy(ファンキー・マンシー)」で、ベンチでもムードメーカーとして知られる存在だ。
05 あまり知られていないエピソード
📌 高校時代、インディアンスの指名を断って大学へ
2009年ドラフトでクリーブランド・インディアンスに41巡目という超低評価で指名されたマンシーは、プロ入りではなくベイラー大学進学を選んだ。「41巡目の評価では納得できなかった。大学で自分を証明しようと思った」という強い意志が、後のキャリアの礎となった。実際、大学3年間でドラフト評価を5巡目にまで押し上げることに成功している。
📌 「同姓同名」対決:ふたりのマックス・マンシー
MLBには「マックス・マンシー」という選手がふたりいる時期があった。ドジャースのマンシーとアスレティクスの若手内野手マックス・マンシー(12歳差で全くの別人、ミドルネームも違う)だ。2023年夏、ドジャース・マンシーがリハビリ中のトリプルAで、ラスベガス・アビエイターズ所属のアスレティクス・マンシーと同じ試合に出場するという奇跡が実現した。試合中にはアスレティクス側のマンシーが三塁への打球を放ち、三塁手として守っていたドジャース・マンシーがそれを難なく処理してファーストへ送球。つまり「マンシーがマンシーを三塁ゴロでアウトにする」という珍事が現実のものとなった。ドジャース・マンシー本人も「こんなこと、なかなかないよな」と笑って語っている。
📌 WS史上最長試合のサヨナラ弾、そのとき球場には何人残っていたか
2018年ワールドシリーズ第3戦は、試合開始から7時間20分後の深夜0時30分(現地時間)にようやく幕を閉じた。18回裏、マンシーがネイサン・イボルディから放ったのは逆方向へのソロ本塁打。これはポストシーズン史上最長試合を締めくくる一打であり、ドジャースにとっては1988年カーク・ギブソン以来の「WS第3戦サヨナラ本塁打」だった。当時の投手イボルディはその日7イニング以上投げ続けており、翌日の先発登板を返上するほどの消耗だった。マンシーはヘルメットを宙に投げて喜んだが、深夜の球場には最後まで粘り強く残っていたごく少数のファンしかいなかったという。
📌 UCL断裂から復活するきっかけをくれた妻・ケリー
2021年レギュラーシーズン最終日、マンシーは守備中に左肘のUCL(内側側副靭帯)を断裂するという大怪我を負った。多くの選手ならここで長期離脱を伴うトミー・ジョン手術を選ぶところだが、マンシーは手術をしないという決断を下す。保存療法でオフシーズンをリハビリに費やし、翌2022年の開幕に間に合わせるという、ある種の賭けだった。代償は大きく、2022年前半は肘の影響を抱えながらの出場を強いられ、打率.196・OPS.713と苦しんだ。それでも諦めずに乗り越えた翌2023年には36本塁打・105打点と見事に復活。「手術を選ばずに戦い続けた」という事実が、マンシーの不屈の精神を何より雄弁に物語っている。この苦しい時期を傍で支えたのが妻・ケリーだ。実はふたりはベイラー大の同期だったが、大学在学中はそれぞれ別の相手と交際。卒業後に再会し、2017年のマイナー契約時代、まさにキャリアの底にいたマンシーと改めて交際をスタートさせた。2018年のWS直後に婚約し、同年11月に結婚している。
📌 ベイラー大の後輩たちへ「失敗談」を語る講演活動
マンシーは現役MLB選手でありながら、母校ベイラー大学のベースボールプログラムに積極的に関わっている。2025年には「Baylor Leadoff Dinner」の基調講演者として登壇し、一度は戦力外になった自身の経験を包み隠さず話した。「戦力外通知を受けたとき、誰も自分を必要としていないという感覚は本当につらかった。でもあの経験があったから今がある」というメッセージを学生アスリートたちに伝えている。派手なスターというより、「等身大のロールモデル」として後輩に慕われている一面だ。
06 大谷翔平との関係と打線での役割
2024年から大谷翔平がドジャースに加入したことで、マンシーの打線内での役割も変化した。3番・大谷、4番・フリーマンが並ぶ重量打線において、マンシーは5〜6番に座り「大谷への申告敬遠を防ぐ存在」としての役割を担っている。マンシーが長打を打てる脅威があるからこそ、相手投手は大谷と正面から勝負せざるを得ない。この相乗効果は2024・2025年のドジャース打線の強さの一因でもある。
ふたりはベンチでもよく笑顔で話している姿が見られ、ムードメーカーのマンシーがチームのメンタル面でも果たす役割は小さくない。2025年のワールドシリーズでは大舞台でも本塁打を放ち、ドジャース最古参として3度目の世界一に貢献した。
07 まとめ
マックス・マンシー まとめ
- 高校時代の41巡目指名を蹴り、大学で実力を証明して5巡目へ評価を上げた強い意志の持ち主
- アスレティクスで戦力外→誰にも拾われずウェーバー通過→ドジャースのマイナー契約からMLBの主役へ
- 選球眼(四球率14〜17%)と長打力の両立がトレードマーク。打率が低くても怖い打者の典型
- 2018年WS史上最長試合(7時間20分・18回)のサヨナラ本塁打という伝説を持つ
- UCL断裂でも手術を選ばず保存療法で復活。2023年に36HR・105打点と見事に証明した不屈の精神
- 母校ベイラー大での講演など、フィールド外でのロールモデルとしての顔も持つ
- ドジャース最古参として3度のWS制覇(2020・2024・2025)を経験





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